仏は四十余年・天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年に出世の本懐を
遂げ給う、・・余は二十七年なりその間の大難は各各かつしろしめせり。
弘安二年十月 日 蓮 花 押
お釈迦様は四十余年・天台大師(智顗)は三十余年・伝教大師は二十余年出世の本懐
(この世にお生まれになった目的)を遂げたのです、余(日蓮大聖人)は二十七年で
出世の本懐を遂げました、ここまでの我が身の、大難、経文の通り皆様、一人一人にお
示しいたしました。
弘安二年の御本尊は、本門戒壇の大御本尊と申し上げ、日蓮大聖人が出世の御本懐
として、弘安二年十月十二日に御図顕になられたのであります。
「仏とは何であろうか、いるのか、いないのか」と考え、仏教書をよんだがわからず、
無量義経につきあたりました。それには「其の身は有に非ず亦無に非ず・・・・
紅に非ず紫種種の色に非ず」(無量義経徳行品第一)とあり、真剣に
悩み考えたすえ「仏は生命なり」と考えが開けました。そして十界論から
南無妙法蓮華経と仏とはいかなる関係かを悩んだすえ、仏の名であることが
わかったのです。あらゆる人の宿命を、転換しうる力を備えられた久遠元初の、
宇宙の根本の力、最高の仏と気づき、これよりあらゆる仏典がよめるようになり
ました。宇宙の現象は、みな妙法蓮華経の活動であります。妙法とは一応われわれ
の心であり、蓮華とは体のこと、泥沼より清浄な開花をみせる蓮のごとく、
欲張り、ひねくれた根性で、泥中にいるような者も、蓮華の清浄さをたもつ体に
なれるのです。経とは心と体の働きをいいます。さらに、貧乏人が金持ちになる
ように奇蹟のような、説明のつかぬ現象が起こる、これを妙法というのです。
昭和三十一年 創価学会第二代会長 戸 田 城 聖
こんにちは皆様。3月28日に総本山大石寺に参拝いたしました。
弘安二年本門戒壇の大御本尊様は
現在奉安堂と申します建物に御安置されておりますとのことです、
何十年ぶりでしょうか、事情も知らずの参拝でした、
御本尊の正面の柵の外から、題目を唱えました、大きな富士が右手から微笑んで
いるかに思えました、