思い違いの皆様2

「自立の意味」をもう一度お読みください、

f:id:h114yyy:20161024142653j:plain

そこに
経済とは経世済民「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」の意味ですの、

 

友人が離婚をいたしました、まず第一に住居を見つけなければなりません、費用とかご

 

近所様の状態とか大変心配しておりますので、市営住宅か県営住宅を見つけようと思い

 

ましてこの地区の住宅公社に相談に参りました、

ここからが大変ですの、応対に出ましたその方が妙に低姿勢で、こちらの質問を聞き流

 

しているのです、10万人以上の人口を抱えるこの地域の住宅は年間で、それも抽選で

 

すの、20件か30件しかお借りすることができませんの、お解りですか皆様

手続きも大変なんですの、所得証明・財産証明・その他各種・最後は戸籍謄本まで用意

 

いたしまして、たった一軒の二部屋に

居住するための抽選会に向かうのです、彼女は職員のはぐらかしからあきらめておりま

 

すの、それがわかるのです、今流行りの住宅探しサイトにも出かけてみました、が入居

 

時に20万円、家賃も3万円から6万円、たった一人の子供を抱えて、

落胆するばかりですの、皆様、国の対応はどおでしょうか、「お部屋探しサイト」が儲

 

かれば、税金がいっぱい入りますものね、

 

顛倒の皆様はおやりになることが逆なんです

 

 

貧乏人を助けるんではありませんの、彼女が子供を抱えて自分を出せる環境を作るのが

 

総理大臣のお仕事ではありませんか、

 

 

民を貴ぶから彼女はやる気を出しますの

 

同生同名御書」

デビットアトキンス著「国宝消滅」


をご紹介御いたしましたのもそのことを知っていただくためですの、

 

、ねえ皆様これは民を救う事でしょうか。経済とは経世済民「世を経(おさ)め、

 

民を済(すく)う」ではありませんの、

年寄りを騙して金を出させる、 金を流通させることが経済だとお思いの馬鹿がこの国

 

や近隣の諸国にはたくさんおいでになりますの、

これは泥棒というのです、世は万民が公平なんですの、その中の悪意を「法」が裁きま

 

すの、勿論これは貴方の未来のお話ですの、貴方方は来世、何に生まれるのでしょう

 

か、何世代も現在のこの欲得で悲惨な毎日を

]

過ごさねばなりませんの、未来は貴方自身の未来ですの、今お創りになっておられます

 

貴方の未来をですの、

 

渋沢栄一西郷隆盛はどこに消えたのでしょうか、日本の良識の来たらんことを願いま

 

すの

 

 

全く後悔のない皆様の「誹謗正法」がこの国の最大悪ですの、


彼女のお子さんについて次回お話いたします。

f:id:h114yyy:20190328115232j:plain


自立の意味

*「自立しようといたします貴方に、悟りを開きましたお釈迦様が、その方法を教えた

 

のが法華経なのですの」*、

 

皆様、今度は自立がお解りになりませんの、


 他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在する

 

こと。「精神的に自立する」

 
 他の助けや支配なしに自分一人の力だけで物事を行うこと。ひとりだち。独立。


辞書に、こうありますの、


皆様は、牛を育てておいでですか、酪農家ではないから、と申しますでしょう、

 

でも好き焼きは


食べますでしょう、牛肉はお金で購入いたしますでしょう、そのお金はどこから来たの

 

ですか、貴方が働いて得たお金ですの、御主人がおいでになりますれば、


御主人から貴方の毎日の仕事の報酬として、いただいたお金(家政婦としての給料)

 

と、それとは別に家計費を決めますの、貴方の家族によって違いますが、御主人と二人

 

の場合光熱費・水道代・ガス代・借り家なら家賃・持ち家なら税金の内訳・そしてお肉

 

をかう食費、つまり経済ですの、


今月は食費か余りましたからすき焼きにしましょう、こういう方が自立した人と申しま

 

すの,仮に離婚いたしましても立派におひとりで、生計をこなしていかれますの

 

以前に書きました


経済とは経世済民世を経(おさ)め、民を済(すく)う」の意味ですの、法華経が、

 

世をおさめることです、法華経とは生命を顕しました経典ですの、

 

皆様の生命が貴方を救いますの


世法のルールの中で、経済を身に着けることですの、そのうえで、それぞれに楽しみを

 

見つけていくことを自立と申しますの、


東北の、車いすの方のお話をお聞きいたしましたが、エレベーターが止まって逃げられ

 

ないと申します、大変お気の毒ですの、そばにいたら私が駆け付けますの、しかし


その非常時に彼が直面いたしますことが、彼の宿業と申しますの、健常者さえ何人お


亡くなりになりましたか、この方の、その事情を知らなくてはなりませんの、


自立しておりますなら、その時の方法も考えつくものですの、足が使えなくても手があ

 

りますの、自立は人にすがることではありませんの、自分の身体で何ができるか見つけ

 

るのです、仕事は、経済ですの経世済民「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」です

 

の、脳と身体を動かして報酬を得るのです、契約で割り当てられた仕事をこなします

 

の、契約以外の要求は拒否すればいいのです、例えばセクハラとか、それで文句が出ま

 

したら、契約違反で訴えればよろしいのです、皆様は乞食ではありません、


誠実に身体を使い報酬をいただくのです、やるからにはトップを目指すのですの、


これが自立ですの、

 

経済とはこれを申しますの、それさえ解らない馬鹿社長が増えたのです、


勿論知識層と呼ばれます教授の方々が揃ってエゴイストにおなりですの

 

 

この方々が、貴方の手本ですの、本当に悲しい日本社会ですの

 

 

ニュウヨーカーを見習えばよろしいのです、そのための経済ですの、

 

 

 

思い違いの皆様

前回の「同生同名御書」

全く後悔のない皆様の「誹謗正法」がこの国の最大悪ですの、

 

 

f:id:h114yyy:20190416103123j:plain

 理解が進めばお解りになりますの、皆様が公平な感覚を取り戻せば従業員も経営者も

同じですの、経営者がすごい方でその従業員が哀れな不能力者ではございません、皆様

 

の「悲哀・あきらめ」が皆様を卑屈にさせるのです、これを誹謗正法と申します、

 

他人を憎む行為ですの、他人を憎むとは、他人の生命を誹謗することですの、それは

貴方の生命を憎む行為ですの、お解りですか。

 

これを誹謗正法と申しました、御相手の脳と身体(妙法蓮華経)の素業(平素の行状。

 

ふだんの行い。素行がよくない)、その善悪は、は諭せばよろしいのです、これが御相

 

手を憎まない最良の方法ですの、自分がおかしいとお思いになられたら、そのつど正せ

 

ばいいのです、間違いなら、それを

正せばよろしいのです、お互い間違いを正す行為を正当な行為に、戻すのです、ここで

 

憎しみや御相手を卑下する行為などありませんの、

 

言わずにいることが憎しみになりますの、間違っても「俺など何を言っても仕方がな

 

い」ではございませんの従業員は従業員として、経営者は経営者としたその任を進めれ

 

ばよろしいのです特別ではありませんの、もちろんこの間に特別の報酬はございませ

 

ん、それをそう思いますからややっこしくなりますの、

 

労使一体になって社会の皆様のために尽くすのです、

 

貴方は自身のエゴによってご自身を、見くびっておりますの、

 

皆様久遠の同志ですのお解りですか

f:id:h114yyy:20190328115246j:plain



同生同名御書

「新・生産性立国論」デビットアトキンス著

 

皆様に紹介いたします、

f:id:h114yyy:20190416102624j:plain

 

 人の身には同生同名と申す二のつかひを天生るる時よりつけさせ給いて影の身に

 

・したがふがごとく須臾も・はなれず、大罪・小罪・大功徳・小功徳すこしも・

 

おとさず・かはる・かはる天にの(上)ぼて申し候と仏説き給う、此の事ははや

 

天も・しろしめしぬらん、たのもしし・たのもしし。

 

                                               同生同名御書      日 蓮 花 押
 

人の身には、同生同名という二人の使いを、天は、その人が生まれた時からつけ

ておられる、この二人の使いは影が身に随うように、寸時も離れず、その人の

大罪・小罪・大功徳・小功徳を少しもおとさず、かわるがわる天に昇って報告し

ていると仏は説いておられる、天「法」が、下す裁定はこの真実を、熟知して

おられるからです、なんとたのもしいことか、

 

二人の使いとは、十如是でお話いたしました、皆様の生命の日記の事を申しますの、

 

デオキシリボ核酸に貴方の日々の記録としてすべて全部、書き込まれております、

 

あの「法」の裁定表ですの、そしてこの記録にそって貴方の次の体が、決まります

 

の、つまり製造されますの、

https://ja.wikipedia.org/wiki/デオキシリボ核酸

(DNAが表示されておりますの皆様の命の日記ですのこのアドレスをコピーしてこの

ぺーじを開いてください)


「法」の裁定とは、久遠より決まっておりますの、「法」とは「南無妙法蓮華経

 

と申しますの、ですからその「法」を自覚させるための生存であり、また死で

 

ありますの、つまりこの「法」の道理を教えるための生死ですの、

 

つまり「宇宙の法則はこうなっているのです、ですから森羅万象の物質、(我々

 

生命も)この法則の上の存在なのです」

 

お解りですか皆様、この法を「南無妙法蓮華経」と申しますの。

 

再生方法(生存することが日々の教育実践であり、単細胞の継続再生年数と

 

各組織の再生能力により死亡が決まりますの

 

貴方ご自身の生命(南無妙法蓮華経)を守ることが貴方の既存の体(妙法蓮華経

 

よりも重要ですの、

もちろん個人の誹謗正法にかかわりますの、いかに生命を誹謗したかによって、

 

その身体と脳の生存年数が「法・生命」によって

 

決定されますの、このためにこうなるとする、決定された真理が存在いたしますの、

 

その真理にもとずいて個人の変革の道筋を示すのです、これが悟りと申します、

 

個人個人違いますの、

 

唱題によって貴方自身の致すべき変革を教えるのです、お解りでしょうか

 

 

つまりこれが個人の<エゴの克服ですの、

 

 ですからどれほど真理を極めようと生存の意味は、他にあるわけではないのです、

 

答えが出ておりますのに躍起になりましてありもしない新事実をお探しですの、

 

エゴの中からは見つけようがありませんのよ

、そのエゴの主体者が私どもですのとにか人は公平なんですの(万物は公平です

 

の)「法」とはそのためのものですの、お解りでしょうか皆様

 

何べんも申しますけれど、いたしたことはされるということですの

 

良くすれば良くされますし悪くすれば悪くされますの、これを踏まえて、楽しく

 

生きるのです

 

 

 

 

デビットアトキンス著「国宝消滅」

彼はその法則に気づいたのです、そこでこの国だけが外れていることを

 

不可思議に思いその原因がこの国の誹謗正法の為と悟ったのです

 

日本の誰一人気づかぬ真理をここに見たのです

 

  総理と名の付く人は国民を想い・部下を想い・すべての人を思うことですの、

 

心底つくすといえますか、ほんとに悲しいことですの

全く後悔のない皆様の「誹謗正法」がこの国の最大悪ですの、

デビットアトキンス著「国宝消滅」

この人こそお解りになっておられますの、

f:id:h114yyy:20190328115246j:plain



弘安二年本門戒壇の大御本尊

   仏は四十余年・天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年に出世の本懐を

 

遂げ給う、・・余は二十七年なりその間の大難は各各かつしろしめせり。

              弘安二年十月           日 蓮 花 押

お釈迦様は四十余年・天台大師(智顗)は三十余年・伝教大師は二十余年出世の本懐

 

(この世にお生まれになった目的)を遂げたのです、余(日蓮大聖人)は二十七年で

 

出世の本懐を遂げました、ここまでの我が身の、大難、経文の通り皆様、一人一人にお

 

示しいたしました。

 

 

f:id:h114yyy:20190328121128j:plain

 

 

 

 

 

 

    弘安二年の御本尊は、本門戒壇の大御本尊と申し上げ、日蓮大聖人が出世の御本懐

 

として、弘安二年十月十二日に御図顕になられたのであります。


「仏とは何であろうか、いるのか、いないのか」と考え、仏教書をよんだがわからず、

無量義経につきあたりました。それには「其の身は有に非ず亦無に非ず・・・・

 

紅に非ず紫種種の色に非ず」(無量義経徳行品第一)とあり、真剣に

悩み考えたすえ「仏は生命なり」と考えが開けました。そして十界論から

南無妙法蓮華経と仏とはいかなる関係かを悩んだすえ、仏の名であることが

わかったのです。あらゆる人の宿命を、転換しうる力を備えられた久遠元初の、

宇宙の根本の力、最高の仏と気づき、これよりあらゆる仏典がよめるようになり

ました。宇宙の現象は、みな妙法蓮華経の活動であります。妙法とは一応われわれ

の心であり、蓮華とは体のこと、泥沼より清浄な開花をみせる蓮のごとく、

欲張り、ひねくれた根性で、泥中にいるような者も、蓮華の清浄さをたもつ体に

なれるのです。経とは心と体の働きをいいます。さらに、貧乏人が金持ちになる

ように奇蹟のような、説明のつかぬ現象が起こる、これを妙法というのです。

                   昭和三十一年      創価学会第二代会長  戸 田 城 聖

 こんにちは皆様。3月28日に総本山大石寺に参拝いたしました。

 

弘安二年本門戒壇の大御本尊様は

 

現在奉安堂と申します建物に御安置されておりますとのことです、

 

何十年ぶりでしょうか、事情も知らずの参拝でした、

 

御本尊の正面の柵の外から、題目を唱えました、大きな富士が右手から微笑んで

 

いるかに思えました、

 

 

f:id:h114yyy:20190328115232j:plain

 

 

「奇跡の旅路」最重要集5

  南無とは帰命と申しまして 心から仏や仏の教えに従うことです、

 

仏教は釈迦がすべて説きました、ですから釈迦の教えに従うことを申します

 

おなじみの南無阿弥陀仏と声に出せば阿弥陀仏に心から従う事になります、

 

(釈迦の経には西方十万億土の極楽浄土に住み人を救い導く 念仏の衆生

 

護念するとあります )  南無とは意思を表す行為です「私がこうなりたい」「この病気を

 

治したい」「お金持ちになりたい」「幸福になりたい」ですから、南無の下の文字が何

 

になりますでしょうか、では皆様、幸福になりたいその体の持ち主は誰の事でしょう、

 

この病気を治す体の持ち主は誰の事でしょう、お金持ちになる体の持ち主は誰の事で

 

しょう、つまり南無は貴方の意思と申しました、その思いを完結いたします、その身体

 

つまり貴方の身体を申しますの、つまり貴方の身体を顕す文字が南無の下に来なければ

 

なりませんの、「南無・阿弥陀仏」では唱えました貴方が阿弥陀仏様に帰命つまり命を

 

ささげることを願っていますの、幸福になるための願いではございませんの、病気を治

 

すための願いではございませんの、良くお考えいたしましたらお解りになりますの、

 

決して

「南無 阿弥陀仏」とはなりませんの、貴方は阿弥陀仏に命を捧げますから

 

病気を治してくださいと申しておりますの、病気は貴方の事実ですの、

 

治すのは貴方の身体ですの、皆様はこうお考えでしょう 「南無・阿弥陀仏

 

と唱えると阿弥陀仏が「よし聞いてやるぞ 守ってやるぞ」と約束を得たのだと、

 

そうではありませんよ、

 

ここでは南無をお教えするために阿弥陀経をお出しいたしましたが 大日経(大日如

 

来)ともども、爾前経と申しまして他にお願いをして結果をお待ちすると言う事です

 

法華経以外の一切の経」は主体者は自分ではなく他と言う事です

 

法華経以外の一切の経を爾前経と申します

 

 爾前経(その前)と書きます法華経の前と言うことです

 

「南無」が個人の意思表示を表しています、自分で意思表示をして他に任せる

 

「してもらう」彼にこれをしてもらう、彼女にこれをしてもらう。つまり自分で

 

自分の身体を使ってこうなるのではありませんの

 

常に他に依存する事これを爾前の経と申しますの 

 

(ですから依存される方にとっては厳格なる威厳が必要なのです大会社の

 

社長様ですとか特別な特技の方ですとかお金持ちとか)

 

無理からぬお話です全くわからない教授陣が先生ですからその生徒である

 

私たちに解るはずがありません

 

ですから社会性を見るのです社会の優等生に模範を見るのですこれが現実ですの

 

全ての問いかけに答えてくれます個人の羅針盤が全ての人々に必要な訳が

 

ここにありますの、

 

個人の自立とはそのことですの皆さんもこのことで悩みますでしょう右か左か

 

どちらに進めば最善か

 

釈迦はその答えを探すべく、旅に出ましたのそして悟りを得ました、でも

 

それは到底人々に話せる内容ではない事に気づくのです人々の機根の問題です

 

 皆さんもお解かりでしょう、仏の教えを聞いて、悟りを 開くための基盤となる、

 

衆生(しゆじよう)の宗教的性質を機根と申します、釈迦の説法を聞き受け入れて

 

発動する可能性と仏果を開発する根本の性分ですの、少し難しいでしょうか、

 

 

 

今回は大まかに書いておきますからご覧になってください、

 

「比法華経。最為難信難解。」妙法蓮華経法師品第十

 

比の法華経 最も為れ 難信難解なり

 

 像法時代 真意が「法華経」と中国の「天台智顗」説きまして 日本の

 

伝教大師」がその意を継承いたしますの、

 

そして末法時代の「日蓮大聖人」とつながりますの

 


意思をどこに向けるのでしょうか、自分の命に向けるのです

 

その命が問題なのです その命が皆様に解りませんの 私もどう

 

表現したらいいのでしょうか

 

*「私の意思を私に向ければ無量無数の私の素粒子が動き出すのです」*


間違っても他(他人)にむけるのではありませんのよ自分の命に向けるのです

 

自分の命解りますでしょうか貴方の仏の命「仏性」と申します

 

貴方の身体では有りませんの貴方の身体の生命の形に向けるのです

 

貴方の命の形本尊」ですの

 

(九識・阿摩羅識) 命の構造は後日書きますの申し訳有りません

 


「毎自作是念」「以何令衆生」「得入無上道」妙法蓮華経如来寿量品十六

 

つねに自ら是の念を作さく 何を以って か衆生をして

 

この上のない最高の道に入り

 

 





命のことを「五大」・「地水火風空」・「妙法蓮華経」そして「仏」とそれぞれ申しま

 

 

南無「五大」・ 南無「地水火風空」・ 南無「妙法蓮華経」・南無「仏」 


「比経則為。閻浮提人。病之良薬。」妙法蓮華経薬王菩薩本事品第二十三

 

此の経はすなわち為れ閻浮提の人の良薬なり

 

私たちの意思を向けるお話をいたしました、解りずらくてごめんなさい 

 

 

次は最重要集6でお会いできますように

 

f:id:h114yyy:20170820135754j:plain

 

 

 

「奇跡の旅路」最重要集4

其身非有亦非無 非因非縁非自他 非方非円非短長 非出非没非生滅

非造非起非為作 非坐非臥非行住 非動非転非閑静 非進非退非安危

非是非非非得失 非彼非此非去来 非青非黄非赤白 非紅非紫種種色

 

法華経・開経無量義経徳行品第一)

 

其(そ)の身は有(う)に非(あら)ず 亦(また)無(む)に非ず 因に非ず 縁に非ず 自他に非ず 方に非ず 円に非ず 短長に非ず 出に非ず 没に非ず 生滅に非ず 造に非ず 起に非ず 為作(いさ)に非ず 坐に非ず 臥に非ず 行住に非ず 動に非ず 転に非ず 閑静に非ず 進に非ず 退に非ず 安危に非ず 是に非ず 非に非ず 得失に非ず 彼に非ず 此に非ず 去来に非ず 青に非ず 黄に非ず 赤白に非ず 紅に非ず 紫種種の色に非ず
  
  
「命、生命」のことです 

 

 「このことを理解できる衆生に」

 

私たち人間が「五大」であり「地水火風空」であり「妙法蓮華経」であり「仏」なのです

 

理解できていますでしょうか 知識として知ると言うことと信じるとは別のことと思わ

 

れましたでしょう 私たちは いまだにその前

 

法華経以外の一切の経」の次元の境涯 の衆生だとわかります 法華経以外の一切の

 

経を爾前経と申します 何十万もの釈迦の弟子たちも同じでしたの 知識として

 

知ったのです 信じてはいませんでした しかし 「理解はできました」
 

 釈迦の一つめの目的は達成されました つぎは理解したことを信じさせること価値を

 

変えるのです 真実の挑戦がやっとここから始まりましたの 八年間 法華経を説き続

 

けました

 

 法華経

妙法蓮華経序品第一」から「妙法蓮華経普賢菩薩勧発品第二十八」まで二十八品と

 

法華経の結経「観普賢菩薩行法経」まで、ここには法華七喩(ほっけしちゆ)

 

と申しまして 七つの比喩によって衆生の本体を表していくのです

 

三車火宅 長者窮子 三草二木 化城宝処 衣裏繋珠 髻中明珠 良医病子
(参考)法華七喩(ほっけしちゆ)でパソコン検索 フリー百貨辞典

 

 十大弟子と数万の弟子たちは「法華経以外の一切の経」をたてまえじょう捨てました
 

ですから八年間の修行の末に記別(未来成仏)未来の世の成仏が釈迦より明かされまし

 

たの、

 

舎利弗(しゃりほつ)摩訶迦葉(まかかしょう)須菩提(しゅぼだい)

 

富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)摩訶迦旃延(まかかせんねん)

 

阿那律(あなりつ)優波離(うぱり)阿難(あなん)

 

 釈迦は弟子たちに申します

妙法蓮華経薬王菩薩本事品二十三

 

「我滅度後。後五百歳中。広宣流布。於閻浮提」

                法華経薬王菩薩本事品第二十三

 

我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提 に広宣流布して、

 

釈迦の滅度の後2500年のうちに全世界にこの「法」が流布するであろう。

 

 

 釈迦入滅後2500年後

 

(2011年現在のこと)に地球上すべての地で「私の意志を向ける」ための修行を

 

「全世界の人々が受持しこの正しい修行を修習する」と説かれています、天台大師・ 伝

 

教大師が末法を恋い慕いまして、「癩人でもよいから一目でも末法に生まれてこの時を

 

拝したい、どんな世の中になるのだろうか、一目でも見てみたいのだ」と憧れまし

 

た、末法が今のこの社会ですの、今だそうにはなっておりませんの、まだ現実は遠いの

 

ですが、でもしかし、あと僅かで釈迦の申しております大変な世界になりますのよ
     


仏教はすべて釈迦が一人で説きました

 

インドから中国そして日本へこの後は最重要集5でお伝えいたします

 

 

 

 

f:id:h114yyy:20171107104742j:plain

 

 

 

 

 

 

 

すべては素粒子からできている

すべては素粒子からできている - 大阪市立科学館

 

素粒子とは、自然界に存在する物質でもうこれ以上分解できない最小単位の物質を

 

いいます。では、私たちの体を構成している素粒子はなんなのでしょうか?素粒子

 

まで分解してみましょう。  

 

私たちの体をどんどん細かく分解していくと、組織(胃、肝臓など)→細胞→

 

タンパク質→アミノ酸→原子(酸素、炭素、窒素、水素など)と、まず原子にたどり

 

つきます。全てのものは原子からできているのです。

 

この原子の大きさは約0.1nm(10-10m )ととても小さなもので、現在112種類が

 

確認されています。 この原子はプラスの電気を持った原子核とその周りを回る電子

 

とからできています。原子核は約1fm(10-15m)と原子の10万分の1とさらに小さ

 

いものです。電子はこの周りを回っています。電子はマイナスの電気を持っている

 

ので、原子核のプラスの電気に引っ張られてグルグル回っているのです。太陽の

 

周りを地球が回るのと似ていますね。

 

原子核を1円硬貨の大きさとすると電子の軌道半径は約1kmとなります。ここで、

 

登場した電子は素粒子でもうこれ以上分解できないと考えられています。

 

 それでは次に原子核を分解しましょう。原子核はプラスの電気を持った陽子と

 

電気的に中性な中性子とからできています。例えば水素原子の原子核は陽子が

 

1つだけ、酸素原子の原子核は8個の陽子と8個の中性子、窒素原子の原子核

 

7個の陽子と7個の中性子とからできています。そして、これらの陽子と中性子

 

をくっつける接着剤の働きをしているのが中間子という粒子です。陽子、中性子

 

中間子は昔は素粒子と考えられていましたが、現在ではクォークというさらに小

 

さな粒子からできていると考えられています。このクォークは現在素粒子

 

考えられています。しかし、さらに小さなプレオンというものからできているか

 

も知れないという実験報告もあります。

 

クォーク素粒子でない時代もやってくるかもしれません。

 

 我々の身の回りに存在するもの、木、水、プラスチック、金属、瀬戸物、等々、

 

これら全ては電子とクォークという素粒子からできているのです。

 

 ところで、中間子は湯川秀樹が理論的に予言した粒子です。この予言どおり

 

中間子が発見されたので彼はノーベル物理学賞を受賞しています。この中間子

 

の予言は彼が大阪大学講師時代の仕事です。当時大阪大学理学部はここ、

 

大阪市立科学館の敷地内にありました。湯川の中間子論が誕生したのは大阪市

 

科学館の建っているところなのです。

 

 

 

http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~yoshiya/news/text/tpbuturi.html